植村隆ほざく!





韓国でキム・ヨングン民族教育賞を受賞した植村隆。
なんか言ってます。

中央日報の記事です

「慰安婦の真実」を日本社会に知らせた日本の記者

朝日新聞記者在職時代、日本軍慰安婦問題を日本社会に初めて発表された植村隆(植村隆)カトリック大招聘教授が「悪い歴史を直視して、再びこのような人権被害がないようにすることが記者の役割だと考えて慰安婦の証言を記事化した」と回想した。

15日上村教授はこの日、「ギムヨングン民族教育賞」受賞のため光州を訪れ、このように述べた。

彼は朝日新聞社会部記者としてしていた1991年8月11日、慰安婦被害者である故・金学順ハルモニの証言を、日本で初めて報道した。

記事が出た直後に慰安婦被害者の実名を使った証言が相次いだ、日本と国際社会で慰安婦問題が公論化された。

当時、日本国内の右翼歴史修正主義者たちは上村の記事が韓日関係と日本のイメージを悪化させた「捏造記事」という歪曲主張をし攻勢を展開した。

その後も上村記者に対する日本極右の脅威が継続され、それによって神戸松陰女子学園大学教授任用がキャンセルされるなどの苦難を経験した。

早稲田大学出身の上村教授は在日同胞の先輩から1980年代の韓国の政治激変状況を聞いて韓国特派員になろうと朝日新聞に入社した。

以後、1987年に特派員時代、6月抗争を見て、1980年光州虐殺と関連内乱陰謀事件で、金大中死刑の誤りを指摘する寄稿もした。

植村教授は2016年からカトリックで客員教授として活動しており、自伝「私は捏造記者ではない」を出版した。
この日ギムヨングン民族教育上を受賞した上村教授は「韓国民主化の聖地で民族教育上の受けることになり感激」とし「光州の人が「上村君は光州の友人だ。」という気持ちで賞をもらえたようでとても嬉しい」と所感を伝えた。

ギムヨングン民族教育賞は日本植民地時代に平壌崇実学校在学中神社参拝を拒否して卒業後、治安維持法違反の疑いで二度にわたって3年余り収監されたギムヨングン先生の意を称えるために彼の家族と弟子たちが制定した賞ある。
解放後、教師として活動していたギムヨングン先生は教職を去った後、1980年6月5・18と関連して指名手配中だった弟子たちを自宅に隠したという理由で起訴され、懲役8ヶ月執行猶予1年6月を宣告受けたりし、1985年他界した。





日本でいられなくなって韓国へ里帰りした上村
立場を利用して一儲けをたくらんでるのはみえみえですけどね。

あきれ果てて何もいう事はありません。
願わくば約束を守らない韓国に対して日本政府がきっちりと制裁をすることを望みます。





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